教育は全ての子供たちの学びの可能性を信じることから始まる

「平成」の時代における英語教育は、知識量や正確さが求められた「昭和」の教育から、主体的に学びに向かう態度の育成を重視する「令和」の教育へとシフトしていくための“過渡期”であったと、名古屋外国語大学の太田光春教授は振り返る。

文部科学省初等中等教育局の教科調査官として平成20・21年の学習指導要領改訂に携わり、その後は視学官として「教育は、全ての子供たちの学びの可能性を信じることが前提」という信念のもと、英語教育の改善に尽力してきた太田教授から、新たな時代の教育と教員に求められる姿勢についてお話を伺った。(『英語情報』2019創刊準備号より)

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社会の変化に伴い、教育にパラダイムシフトが起きた

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「平成」の時代の英語教育は、「昭和」から「令和」へシフトしていく過渡期にあったと言えます。まず、「昭和」の時代を振り返ると、教員には効率よく、生徒に知識を与える指導が求められていました。問われるのは語彙や文法の知識量や正確さであり、生徒には、文脈とは無関係に英語を暗記することが求められたのです。

しかし、言葉は何のためにあるのでしょうか。私たちは言葉を使って、意味と気持ちをやり取りしています。コミュニケーションの手段として、情報や考え、気持ちを伝え合っているのです。

言葉を的確に理解し、適切に伝えるためには、相手を大切に思う気持ちや信じる気持ちが必要となります。相手の立場に立って物事を考える視点が必要となります。だからこそ、現行の学習指導要領においては、「思考力・判断力・表現力等の育成」と「言語活動の充実」がうたわれ、授業では子供たちが自分の考えや気持ちを伝え合う言語活動を充実させることが大切だとされたのです。

教育課程の基準である学習指導要領のうえでは、小・中・高等学校の外国語教育は、「コミュニケーション能力の育成」という目標でつながれました。このような外国語教育のパラダイムシフトが起きたのが、「平成」の時代でした。

何のために英語を習得するのか

英語は世界の共通言語です。コミュニケーションの手段としての英語を習得することができれば、世界とつながることができます。それは、人生の可能性を広げることを意味します。英語を媒介にして、自分の人生を豊かにしたり、切り拓いたりすることができます。

英語力と志があれば、日本の枠を超えて世界に貢献することができます。ただし、学校教育だけでは到底、多くの人が満足できるレベルの英語力を習得することはできません。

だからこそ英語科教員には、学校外でも自ら英語を求める人、生涯にわたり英語を使い続ける意欲とノウハウを身に付けた人、つまり、「自律的な学習者」を育成することが求められるのです。そのためには、子供たちが学習の主体となり、成功体験を通して学習者としての自信を高め、英語を身に付けることに対する情熱を持たせる、生徒と生徒、教員と生徒のやり取りを軸にして展開する授業への転換が必要となりました。

「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」。

平成19年の一部改正で、上記の内容が「学校教育法」に第30条第2項として追記されました。これは、法的に、学校の使命が「生涯にわたり学習する基盤づくり」であると示された点においても、身に付けさせる学力の要素が3つ示された点においても、画期的なできごとでした。

英語科教員に求められること

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人生100年時代を迎え、子供たちは学校を卒業してから、何十年も生きていきます。学校で得た知識や技能はいずれ陳腐化します。知識基盤社会をたくましく生き抜くためには、学校で身に付けた知識や技能を常にアップデート、アップグレードしていく必要があります。本当の学びは、学校を卒業してから始まるとも言えます。

平成29・30年に改訂された新学習指導要領では、「言語活動の充実」の精神は受け継がれ、「主体的・対話的で深い学び」が一層重視されました。なぜ、知識・技能を身に付けるのか。それは、課題を解決するためである。その際には、思考力・判断力・表現力が必要であり、何よりも主体的に学びに向かう態度が大切である。このことが確認されたのが「平成」の時代の教育でした。

これを英語に当てはめて考えると、基礎的な知識である語彙や文法は大切であるが、これらはコミュニケーションを円滑にするという課題とコミュニケーション・ブレイクダウンを乗り越えるという課題を解決するために活用するものである。その際に、批判的思考力や論理的思考力などに代表される、さまざまな思考力や判断力、表現力が重要な役割を果たす、ということになります。

膨大な知識を持っていることが優秀とされた時代から、知識を活用できることが大切とされる時代への転換、学校は学ぶところという認識から、学校は生涯にわたり学び続ける準備をするところ、社会に出てからも学び続けることが大切という認識への転換。それが「平成」の時代の教育に求められたことでした。

そして「令和」の時代を迎え、いよいよ来年度から、新学習指導要領に基づいた指導と評価が実施されていきます。英語科教員がこれから考えていくべきことは、主体的に学び(英語)に向かう態度をどのように養っていくのか、ということです。

教育課程のなかに英語が必修科目として位置付けられている意味を改めてかみしめ、全ての子供たちの学びの可能性を信じて、生涯にわたり英語と付き合っていこうとする人を育てることが、私たち教員の役割であることを再認識しなければならないと思います。

評価は何のためにするのか

子供たちは誰もが学びの可能性を持っています。学びの遅い・速い、能力の高い・低いはあっても、学べない人はいません。全ての子供たちの可能性を信じること、それが教育の前提なのです。だから、「どの子供も大切であり、どの子供も絶対に英語を身に付けることができる」と信じて、授業に臨んでほしいと思います。もし、学びの遅い子供がいたら、その子供に寄り添い、粘り強く導いていく。それが教員の役割です。

教員の仕事は、刹那的な学力の状態を捉えて子供たちを等級別に分類し、レッテルを貼ることではないことは言うまでもありません。誰と比較するかで評価が変わる相対評価ではなく、その子供一人一人がどのように学び、何ができるようになったのか、目標が達成できたのか等について、結果だけでなく、その過程も含めてしっかりと捉える絶対評価の方が、子供の健全で持続的な学びのためには有効です。

何かを身に付けたいから学ぶ人は、人に評価されたいから学ぶ、よく見られたいから学ぶという人より、努力の点でも、粘り強さの点でも、動機の点でも強いと思います。
子供たちに前へ進もうとする勇気や自信を与えるために、評価は存在すべきです。

子供たちの学びに対して、学びに向かう態度に対して、自分の下す評価がどのような影響を与えているのか。そこまで思いをはせて、日々の指導と評価の営みを考えることができなければ、「令和」の時代の教育を充実させることはできないでしょう。

インパクトを常に考え、アテンションを大切にして授業を展開すること

子供たちの学びの可能性を信じ、主体的に学ぼうとする態度を養うためには、動機付けが重要です。私は現在、大学教員として、英語教育学科の学生たちを教えていますが、「学生一人一人が学びに向かう態度に、どれだけインパクトを与えることができるか」を常に意識して、毎回の授業に臨んでいます。

教室には、英語に自信のある学生も、自信のない学生もいます。入学直後には、「大学では多くの授業が英語で行われることは予想していたけれど、自分の聞く力や話す力が、ほかの学生と比べてあまりにも貧弱だ」とショックを受けて、涙を流しながら研究室に相談に来る学生もいます。

このような学生が、授業を通して学習者としての自信と意欲を高め、人として成長していく姿を間近に見ていると、幸せな気持ちでいっぱいになります。しかし、その一方で、高等学校の先生方には、大学に合格させることだけでなく、目の前の子供たちが大学に入学してからも余分な劣等感を感じることなく、自信を持って英語を学び続けることができるよう、知識と技能を活用させる授業づくりを期待しないではいられません。

「高校を卒業させたら自分の役割は終わり」「大学に合格できさえすればよい」のではありません。授業を通して、どれだけの子供たちが「英語が好き」「英語をもっと学びたい」と思ったでしょうか。そのようなインパクトを残すことを常に意識し、学習者としての自信と学ぶ意欲を高める授業をしていただきたいと思います。

サブリミナルな効果は別にして、アテンションが払われないものは人の記憶に残りません。授業では聞かせたいこと、学ばせたいことに対して、常に子供たちのアテンションを向けるよう意識することが極めて重要です。子供たちは関心を持ちさえすれば、おのずから前のめりになって学ぶようになります。

教科書の英文は、その内容を子供たちの持つ背景知識や経験と関連付けて扱い、そのなかにある情報や考え方、言語材料を用いて、伝える必要のあることや伝えたいことを伝え合う活動をさせるようにするとよいでしょう。子供たちに「伝えたい!」「話し合ってもっと理解を深めたい!」と思わせるような言語活動を工夫することが教員の腕の見せどころです。

学びの成果を「見える化」して学習意欲を喚起する

 

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授業は子供たちが英語を使って活動する場であり、自信や学習意欲を高めていく場であるべきです。やり取りを通して、子供たちは「自分の考えや気持ちを相手に伝えられた」「相手の伝えたい内容を理解できた」といった成功体験を積むことができます。

のびのびとやり取りをさせるためには、教室に間違いを恐れず発言できる、友達の間違いも受け入れることができる雰囲気をつくることが大切でしょう。また、話し手は聞き手の理解が容易になるよう配慮して伝える、聞き手は話し手が話しやすくなるよう配慮して聞く。このような態度の大切さも意識的に指導する必要があります。併せて、子供たちが学んで身に付けた成果を「見える化」し、学習意欲や自信を高めることも、教員の大切な役割です。

学びの成果を「見える化」するためには、フィードバックが大切です。
発言内容の良い点を指摘したり、生徒のスピーチや対話を継続的に撮影し、授業で共有して、前回よりも良くなったところや課題を話し合ったり、継続的にエッセイを書かせ、それを授業で共有して質的量的向上を確認したり、課題を話し合ったりする。そうすることで、子供たちは「できるようになった自分」に驚き、それを喜び、達成感を味わい、次なる学習への意欲を高めます。学びの「見える化」をすることで、学習者としての自信はもちろん、次の高みに向かう学習意欲を喚起することもできるのです。

また、学習意欲の喚起と自信の向上のためには、適切なゴール設定をすることも大切です。適切なゴールとは、少しチャレンジングであっても、自分の努力と教員やほかの生徒のサポートがあれば何とか達成できる目標のことです。授業ごとに適切なゴールを設定し、それらを生徒と共有するとともに、それらを達成するために効果的な言語活動を考えることは教員の大切な役割です。

教員もUserでありLearnerである姿勢を見せる

子供たちを自律した学習者に変えるためには、教員自身が英語使用者としてのロール・モデルと英語学習者としてのロール・モデルになる必要があります。なぜなら、この自覚と意欲は生徒に伝染するからです。

どんな英語であっても、それを子供たちの学びのために本気で使っていることが伝われば、子供たちはそれを受け入れ、英語に対してポジティブな気持ちを持ち始めるでしょう。また、日常生活のなかで英字新聞やペーパーバックを読む、英語のニュースを聞くなど、常に学び続けている姿を見せれば、子供たちの英語との接し方に大きな影響を与えるでしょう。

良い教師であるためには、スーパーティーチャーである必要はありません。一人の学習者として学び続ける後ろ姿を子供たちに見せることができればよいのです。

聞き手や読み手に配慮して言葉を使わせる

教職は、人の成長に関わる仕事です。生徒の成長をサポートすることで社会に貢献し、生徒の成長を自分の喜びにする仕事です。英語科教員としては、子供たちが英語をコミュニケーション(聞くこと・読むこと、他者との対話)の手段として使うことに喜びを感じ、もっと英語を身に付けたいと意欲を高めていく姿を見ると、心からうれしくなるものです。

AIがどんなに発達しようとも、自ら目標を設定したり、感情を理解して処理したりすることはできないと思います。また、できてはいけません。それは人類にとって重大な危機を意味するからです。ICTの発達は私たちの生活を本当に豊かにしてくれます。しかし、その技術が進めば進むほど、人と人とのコミュニケーションがより大切になってくるでしょう。コミュニケーションは、相手の気持ち、自分の気持ちを大切にしながら、意味や気持ちを伝え合うことで成立します。

英語科の目標は「コミュニケーション能力の育成」であり、英語科教員にはそれを達成することが求められています。これからの時代を担う人材を育成するためには、これまで以上に、感情を持つ人間同士が相手に気遣いながら情報や意味のやり取りをする経験を豊富にさせる授業づくりが大切ではないでしょうか。互いに対する敬意があれば、相手の言葉に耳を傾けたり、相手に分かるように丁寧に伝えようとしたりするようになります。すると、自然に互いを大切にする気持ちが芽生えます。そのような子供たちが教室に増えれば、いじめの問題も起きにくくなるのではないでしょうか。

グローバル社会の進展に伴って、ますます重要性を増した「異文化理解」の教育も、身近な人間関係のなかから始められると考えています。

例えば、教室で一人一人がそれぞれの違いを認め合い、それぞれの持ち味を生かしながら協力することで、互いを高め合い、一人では成し得ないであろう目標を達成していくことが「異文化理解」のスタートラインになるのです。

親和関係を基盤とし、信頼と敬意によって可能になる「間違いが受け入れられる雰囲気」が存在し、対話を軸にして展開する、教員が生徒の学びにインパクトを残すことを意識した指導と評価を提供し、学ばせるのではなく学びたい気持ちにさせる、そして英語をコミュニケーションの手段として使うことで身に付けさせる授業を実現していくこと。それこそが、「令和」の時代に求められる英語(外国語)教育だと言えるでしょう。

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名古屋外国語大学 外国語学部 英語教育学科長
太田 光春 教授
元 文部科学省初等中等教育局視学官。
1979年から2001年まで愛知県の公立高等学校で教諭。2001年より愛知県総合教育センター研究部教科研究室研究指導主事兼愛知県教育委員会高等学校教育課指導主事。2004年より国立教育政策研究所教育課程研究センター教育課程調査官、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官、国際教育課外国語教育推進室教科調査官。2009年より文部科学省初等中等教育局視学官。2016年より名古屋外国語大学外国語学部英語教育学科教授。2017年より現職。

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