代名詞 they は一般に、三人称「複数」を表す代名詞として用いられてきましたが、上の例にある「単数形の they 」はノンバイナリー(nonbinary:既存の男性か女性かの二者択一で自認しない)の人々を表す「単数」の代名詞として既に辞典に追加されています。実は2019年にアメリカの英語辞典メリアム・ウェブスター (Merriam-Webster) による「今年の単語(Word of the Year)」にも選ばれています。
メリアム・ウェブスターによると、2019年には海外のセレブリティの人々が相次いで「自分にこの用法の they や them などを用いて欲しい」と公言したため、 they の辞典での検索が前年比313%になったそうです。英語は元々 everyone や someone のようにノンバイナリーな代名詞が少なく、男性の三人称には he 、女性には she を用いることが「文法的」とされていました。しかしこうした用法の中には、何世紀もかけて変化してきたものがあります。例えば、二人称の単数「あなた」と複数「あなた方」の両方に用いられる you は、もともと「複数」のみの用法でした。そのため現在 you が単数として用いられる場合でも、動詞は主語が複数の場合と同じ形なのだとか。「単数形の they 」を受ける動詞も、「もっとも自然に聞こえる」複数名詞に続く動詞形が用いられています。時代とともにことばの用法が変化する例として興味深いものですが、これらが実際の学校英語教育においてどのように扱われているのかも気になります。
「正確さ」をどこまで求めるか
日本語を母語とする英語学習者にとって、代名詞 he と she の区別や単数形と複数形の区別、三人称単数現在の動詞に付く -s などは、正確に使い分けるのが難しいものです。そして、こうした小さな文法的「正確さ( accuracy )」にこだわる指導に対して、「伝える内容が大事だから正確さは必要ない」、「文法にこだわり過ぎたから、日本の英語教育では英語を話せるようにならないんだ」といった批判が常になされてきました。確かに、正確さばかり気にしていては間違いをすることを怖れてしまい、英語を使うことが楽しくなくなってしまいます。
ただ「中学校の英語の授業で、急に英語の細かい表現を指摘されるようになった」という変化が、小学校との違いを際立たせ、生徒が英語の誤りを過度に恐れることに繋がってしまう可能性もあります。だからこそ、小学校の英語の授業から、リキャスト(recast)を必要に応じて自然に取り入れておくのはいかがでしょうか。これは、児童の発話が語句の選択や構文上の誤りなどを含んでいるときに、先生がその発話の内容がうまく伝わる表現として全体を言い直して行うフィードバックです。例えば、先生の “Where do you want to go?” という質問に答えて児童が次のように答えたとします。
★余談ですが… Merriam-Webster の Word of the Year 2020 は “pandemic”、そして Word of the Year 2021は “vaccine” でした。新型コロナウイルスの「大流行」から、その解決策としての「ワクチン」と続き、早く「収束」に近づいて欲しいですね。