【第4回】「読むこと」の領域の指導について考える ①
2020年度に教科としての「外国語」が小学校高学年に導入されてから、コロナ禍ではありましたが、何度も実際の授業を参観させていただく機会がありました。研究授業などでは、どうしても「話すこと[やり取り]」の領域でコミュニケーションを行う言語活動が中心となる場合が多いのですが、時に「読むこと」や「書くこと」を組み込んだ授業もありました。
「読むこと」の目標
高学年「外国語」の「読むこと」の領域の目標として、小学校学習指導要領(平成29年告示)には以下の2つが掲げられています。
ア 活字体で書かれた文字を識別し,その読み方を発音することができるようにする。
イ 音声で十分に慣れ親しんだ簡単な語句や基本的な表現の意味が分かるようにする。
アの目標は、中学年「外国語活動」でアルファベットの文字の名称の発音を聞いて、どの文字かが分かるようになることを受けて、高学年「外国語」では文字を見て識別し、その名称を発音できることまで発展させるということです。目指す児童の姿が明確に分かります。
一方、イの目標については、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語編 (p.78)では、「言語外情報を伴って示された語句や表現を推測して読む」こととされています。また、その指導のあり方として「表現の意味が分かるために語句や表現を発音する必要」があるため、「語の中で用いられる場合の文字が示す音の読み方を指導」することにより、それが発音の手掛かりになると述べられています。こちらは、結局「どのような姿」であれば目標に到達していると言えるのかをイメージするのが、なかなか難しいように感じます。
「読むこと」の活動としてのジングル(jingle)
そうした「読むこと」の領域に関して、ある6年生の授業で、「ジングルを言う活動」が行われていました。
ジングルは、「A, /a/, /a/, apple, B, /b/, /b/, bear, C, /k/, /k/, cat, …」のように「アルファベットの名称」や「音」、「そのアルファベット(音)から始まる語」などを、語が表すもののイラストや文字を見ながら、リズムに合わせてテンポ良く言う活動です。この活動は、「アルファベットの文字には名称とは別に音があること」が分かり、その音に慣れ親しみ、発音できるようになるためのものです。
児童はとても楽しそうにジングルを言っていました。でも同時に、何か違和感がありました。それが顕著なのは、無声音を表すアルファベットの時です。
「P (/pi:/)、/p/、/p/、pig」が、どうしても「P、プ、プ、pig」に聞こえる・・・。 もうお気づきのように、p というアルファベットが表す音は /p/ という無声音(喉に手を当てても震えを感じない音)であるにも関わらず、後ろに「ウ」という母音を伴って「プ」という音として多くの児童が発音していたのです。これで児童は本当に「pというアルファベットの音」に気づいていると言えるのだろうかと考えてしまいました。
ジングルとフォニックス
ここまで読んで、「ジングルって、フォニックス(phonics)のこと?」と思われた方がいらっしゃるかもしれません。
フォニックスとは「(aという文字には /a/ という音、bという文字には /b/ という音、というように)文字と音の対応ルールを習得し、それを基に語を発音できるようになることを目指す指導法」のことです。個々の文字や文字の組み合わせが表す音を知識として学びますので、まだ意味が分からない語でも声に出して読めるようになります。
ジングルは、その文字と音の対応についての学びを定着させるためにフォニックスでも用いられますが、同じものではありません。フォニックスが「指導法の包括的な名称」であれば、ジングルは「その指導法で用いられる指導技術の1つ」でしょうか。
フォニックスはもともと英語を母語とする子どもたちが音声言語を十分に発達させた段階で、読み書きを導入するために開発された指導法です。「既に音声で知っている英語の単語をより小さな音韻位に分解し、それらに対応する文字を提示していくアナリティック・フォニックス(analytic phonics)」と、「音とそれに対応する文字を1つずつ提示し、音を知っている文字が増えるにつれ、綴りが表す音を順番に混成(blend)して単語を発音できるようにするシンセティック・フォニックス(synthetic phonics)」の2つがよく知られています。
具体例を挙げると、前者はmat, map, moonの「はじめの音」が全て同じ /m/ であることに気づかせたら、それを表すmという文字を提示していく指導法です。そして後者は、例えばeとnとtの音がそれぞれ /e/, /n/, /t/ であることを提示しておき、netやtenという単語を見た時に3つの音を文字の並びのの順番で混成して、それぞれ /net/, /ten/ と発音できるようになるものです。
小学校ではまず「音声による慣れ親しみ」から
最近では、中学校だけでなく、小学校でも授業でフォニックスが導入されているのを見ることがあります。「文字と音の対応」を知識として蓄積していけば語を発音することができ、語が発音できれば英語学習がさらに楽しくなります。しかし、語句や表現(の文字)を見て発音する(=音読する)活動や、音と文字の対応を知識として提示する指導は、「まず文字ありき」に陥りやすくなります。音声による慣れ親しみを重視してきた小学校英語教育だからこそ、「まずは音声から」という指導の流れを大切にしていきましょう。
実は、先程の小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 外国語活動・外国語編 (p.78) にはさらに「中学校で発音と綴りとを関連付けて指導することに留意し,小学校では音声と文字とを関連付ける指導に留めることに留意する必要がある」と述べられており、小学校と中学校での学習内容が区別されています。音と綴りの関係が分かり、語を見て発音できるようになるのは中学校の学習内容です。そして小学校では、文字には音があることに気づき、イラストなどの視覚情報の補助がある状況で、音声で慣れ親しんだ語の綴りを見て、それに含まれる文字の音が何となく浮かび、さらにはその語が表すものやその発音も分かる、といった児童の姿をイメージした指導から行っていきます。
多くの小学校「外国語」の検定教科書に、(例えばtigerとtomatoなど)語の発音を聞き比べて同じ音から始まることが分かったり、その音が /t/ という音だと認識したりする「語のはじめの音に気づく活動」が取り入れられているのは、上で述べた指導につなげるためなのです。
まずは「音声による」気づきから始めて、文字を添え、「読むこと」の目標に近づく。この「気づき」が英語の読み書き技能の発達になぜ大切なのか、そしてそれをどのように高めることができるかなどについて、次回以降お伝えしていきます。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。