【第5回】「読むこと」の領域の指導について考える ②
前回の『「読むこと」の領域の指導について考える①』から、英語の読み書き技能(リテラシー)習得に向けた指導、特に「読むこと」の指導についてお話しています。
2020年度に始まった小学校の教育課程では、まず中学年「外国語活動」で、文字(アルファベット)の読み方(名称)を聞いて形を識別する 活動を行います。そして高学年「外国語」で「読むこと」と「書くこと」の領域を導入するのに合わせて、例えば「 monkey と milk の初めの音が同じ /m/ で、これは m という文字で表される」というように、語の「はじめの音(初頭音)」への意識を高める活動が行われます。これによって、「文字には名称(例えば m の名称は /em/ )だけでなく、音(例えば mat という語に含まれる m は /m/ と発音される)があること」への気づきを促します。
語はそれぞれ複数の「より小さな音」から構成されていますが、特に「語のはじめ」の音に注目させることから始めるのには、日本語を母語とする子どもたちのことを考えた理由があります。
音声言語の区切りと「音韻認識」
英語を学び始めて間もない子どもが、聞いた英文の音を忘れないようにカタカナで書き留めたものをご覧になったことがありますか?
例えば
I like dogs.
という英文を聞いた子どもが書いたものを見てみると、次のようになっていることがよくあります。
アイライクドッグズ
単語の区切れの間にスペースが入っていません。
これは、まだ子どもたちが「英語の文が、語という単位(まとまり)で区切れること」を認識していないことから起こります。日本語を書く時に、語と語の間に空白を入れないことの影響もあるかもしれませんが、むしろ子ども特有の学び方として「まとまり」で耳から英語のフレーズを覚えることにより、それが複数の語が連なったものであることを理解できていないとも考えられます。
耳から聞こえてくることば(音声言語)を構成する「語」や、「さらに小さい音のまとまり」などに対する感度(敏感さ)を「音韻認識」と言います。
言語習得の分野では、特に「語」の内部音韻構造に焦点を当て、語をより小さい単位の音に分割したり、削除したり、他の音と置き換えたりなどの「操作」を行うために必要な音韻認識に着目しています。
例えば、
・ map という語は、もっとも小さな音に区切ると /m/, /a/, /p/ という3つに分割できる
・ cup という語の「はじめの音」を削除すると up になる
・ map の「はじめの音」を、 cup の「はじめの音」で置き換えると cap になる
といった操作を(文字とは関係なく)口頭で行える状態を「音韻認識がある」と言います。
日本語母語話者の dog の発音が「ドッグ」に聞こえるわけ
この「語を構成する音」の分析に関わる音韻単位の大きさが、日本語と英語では異なると考えられています。
日本語では一般的に、「モーラ(拍)」と呼ばれる「子音+母音」のまとまりで、語を構成する音を区切ります。そして、子音の /k/ と母音の /a/ が混成してできる /ka/ の音が「か」という仮名文字で表されるように、1つの「モーラ」が1つの仮名文字に対応しています。
実際に日本語を母語とする子どもたちは、短歌や俳句、ことば遊びなどを通して、自然と「モーラ」単位で音声言語を区切って認識することに慣れ親しんでいきます。
ジャンケンの勝ち手によって決まった歩数だけ前に進む遊びを例に挙げてみましょう。
(地域差もあるようですが)「グー」で勝てば「グ・リ・コ」の3歩、「チョキ」なら「チョコレート」を「チ・ヨ・コ・レ・エ・ト」と数えて6歩、「パー」も同様に「パイナップル」を「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」の6つの音と数えます。長音符「ー」、拗音「ョ」や促音「ッ」を、それぞれ「エ」、「ヨ」、「ツ」のように1つのモーラとして認識していることが分かります。
こうした影響から日本語母語話者は、例えば dog(/dog/)という語を発音する時に、最後の子音 /g/ に母音の /u/ を補って「ドッグ」(/dogu/)のように発音してしまうことがあります。これも、日本語には概して「子音のみ」で響く音がないことから、慣れ親しんだ「子音+母音」(モーラ)のまとまりの音と認識してしまう傾向の現れと考えられます。
英語では「オンセット・ライム」の区切りが重要
一方、英語では、例えば /ʃ/ という音は ship, chef, mission, action, sugar, glacier, ocean といった語全てに含まれていますが、その音を表す部分の綴りがそれぞれ異なります。すなわち、「音と綴りの対応」が複雑で、1つの音が1つの文字に対応するとは限りません。
また英語には、 m-at, l-og, cl-ip のように語の初めの子音(のまとまり)である「オンセット(onset)」と、それに続く母音以下の部分である「ライム(rime)」という音節内構造があり、英語特有のリズムにも影響する音韻特徴の1つとなっています。英語の詩などで脚韻の工夫(終わりの部分の響きが似た語を用いる)が見られることにも関係しています。上述のように、日本語を母語とする英語学習者が /dog/ と聞くと、モーラの区切りで「do+g(u)」と分割して聞いてしまう傾向がありますが、この同じ語が英語母語話者には「d+og」というオンセットとライムの区切りで響いているということです。
英語の脚韻に気づかせるタスクについては、次の記事でも紹介しています。
>「音あそび」をしよう! ー STEP 1「おわりの部分に同じ響きがあるかな」
>「音あそび」をしよう! ー STEP 2「おわりの部分が同じ語を探そう!」
このような英語の音韻特徴に慣れ親しませるために、小学校高学年では、まず「語のはじめの子音」に意識を向ける活動を行います。子音とそれに続く母音を分割し、さらにその子音だけを発音してみる経験を通して、英語と日本語の音声的な違いに気づき、さらにその気づきが音と文字の対応、音声と綴りとの対応の理解に役立つことが期待できます。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。