【第2回】教科ごとの「見方・考え方」外国語の学びを通して身に付けたいこと
以前、ちょうど新しい学習指導要領の全面実施に向けて、その改訂の方向性や理念について話す機会が多かった頃、あるウェブ記事に考えさせられたことがありました。小学生のお子さんの算数の問題への解答(算数の問題への答えという意味での「解答」)が、「神回答」と話題を呼んだというものです。
その算数の問題とは、「駅までの所要時間が示され、到着したい時刻に着くためには、家を何時に出るとよいか」を答えるもので、いわゆる時間の計算でした。特徴的なのは、答えの理由も考えて書くようになっていたことです。投稿者のお子さんは、到着希望時間から所要時間を引いた時刻を求め、その時刻ではぎりぎりなので、焦ってしまうと危ないからという理由を記し、さらに5分前の時刻を答えていました。つまり、正確に時間の計算をして、正答とされる時刻を(理由欄に)引用しながらも、さらに「急いで向かうことの危険性」まで考慮して、余裕をもたせた時刻を解答欄に記入したということです。まさにこの理由欄の「回答」があってこそ、話題になったと言えます。
これに対し様々なコメントがあったようですが、この記事の「算数という観点から見れば誤りかもしれませんが、間違っているとは言い切れない」という一文が、非常に興味深く響きました。
確かに計算の答えが少しでも間違ってしまったら、大きな問題を引き起こしてしまうことがあります。一方で、世の中すべての事象が、数値的に明確に解釈できるわけではありません。でもこの問題が算数の授業で出されたものだとしたら、その時間は算数的、数学的なものの見方や考え方を学ぶ時間とも言えます。
「見方・考え方」とは
小学校で2021年度、中学校で2022年度から全面実施されている学習指導要領では、その改訂において、それぞれの教科を学ぶ中で各教科特有の「見方・考え方」を習得し、新しい時代に求められる資質・能力を高めることを理念の一つとして掲げられました。
新学習指導要領の表現を借りるなら、先の算数の問題で「家を出る時間に余裕をもたせた」ことが正答とみなされなかったのは、それが「算数・数学のものの見方・考え方」からは期待されないものであったということです。
学校でたくさんの教科を学ぶのは、子どもたちが教科によって異なる「見方・考え方」があることを理解し、習得し、将来的にどのような課題に直面しても、それを解決するために様々な「見方・考え方」から最適なものを見出し、効果的に発揮できるようになるためです。
(ただやはり、この算数の問題が「理由を書く」ことを求めていたことで、子どもの思考が教科の枠組みを超えて広がったことは、学校教育全体から見ると大きな意味があると思います!)
外国語によるコミュニケーションにおける「見方・考え方」
では小・中・高等学校の「外国語」ではどうでしょうか。外国語では、「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方」として、「外国語で表現し伝え合うため、外国語やその背景にある文化を、社会や世界、他者との関わりに着目して捉え、コミュニケーションを行う目的や場面、状況等に応じて、情報を整理しながら考えなどを形成し、再構築すること」を求めています。
このうち特に注目したいのは、「目的や場面、状況等に応じて」という部分です。
「この状況ではどういう情報を、どのように伝えることが必要か」
「この目的を遂行するために、どういう内容を、どのような表現で、どのようなことに気をつけて伝えることが大切か」
といったことを考えながら情報や考えを整理し、外国語で表すことが必要であるということです。
この「目的や場面、状況等」に応じた言語使用を行うことが、外国語科において「思考力、判断力、表現力」を高めることにつながります。すなわち、
- 「ある目的や状況などを正確に理解して、そこで求められることをしっかりと考え、必要な知識・情報などを検索・整理すること」(思考)
- 「目的などを達成するために必要な情報を把握、選択したり、様々な見解を評価・選択して伝える内容を決定したりすること」(判断)
- 「流暢さと正確さのバランスを取りながら、目的などに応じて伝え合うために表現を工夫すること」(表現)
など様々な資質・能力の側面を、外国語教育を通して子どもたちに身に付けて欲しいという思いが新学習指導要領には込められているのです。
さらに「見方・考え方」は、各教科等の特質に応じて「どのような視点で物事を捉え、どのような考え方で思考していくのか」を表すものであることから、それを児童生徒に自由に働かせるようにすることには、その教科等を担当する教師が専門性を発揮することも期待されています。
「見方・考え方」を意識すれば授業も変わる
「外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方」についての理解が広まってきてから、実際に学校の英語教育でも変化が見られるようになってきました。
例えば、I like ~. という表現を習得した児童に対して、単にWhat food do you like? ではなく、What food do you like in summer / winter? と尋ねることによって、それぞれの季節の気候や旬の食べ物、イベントなどに応じた答えを引き出そうとする取り組みが見られるようになりました。
さらに「日本のお土産を紹介する」といった課題でも、「日本を初めて訪れた外国人に紹介する」「その人は日本の伝統文化に関心がある」などの条件を加えることで、どのような内容を伝えるべきかを思考し、どのお土産をお薦めするかを判断し、どのように伝えればそのお土産を選んでくれるか表現を工夫する必要性が生じるような問い方が増えてます。
私たちが「ことば」を用いる時には、必ず何らかの目的があり、何らかの要因が影響しています。それらを意識しながら物事を捉え、外国語を用いることの重要性が、教科としての外国語の「見方・考え方」には含まれているのです。さらに、英語を母語としてではなく、文化の異なる国々の人たちと「外国語として用いるコミュニケーション」だからこそ期待されることや、意識して大切にせねばならないことがあることにも気づかねばなりません。
指導のヒント:「何て言うの?」への答え方
児童・生徒が「~って伝えたいけど、英語で何て言うの?」と尋ねてきたとき、どのように対応しておられるでしょうか。
まだ慣れ親しんだ英語の語句や表現の少ない段階であっても、まず、「これまで聞いたり言ったりしてきた英語を組み合わせて伝えられないかな」と、曖昧ながらも「意味」を伝えるために既習表現を駆使しようとする態度を引き出しましょう。
さらに、ここでもう一歩踏み込んでおきたいことがあります。
「それを誰に、何のために伝えるのかな?」
「その場面や状況に、いちばん合っている表現はどれだろう?」
「それをどんなふうに言うといいかな?」・・・
といった「目的や場面、状況等」を意識させる「支援」としての問いかけです。
言語使用者として、母語であっても、母語以外のある程度習得が進んだ言語であっても、その時々の「目的や場面、状況等」に応じて「ことば」を適切に用いる意義を理解し、実際にそうした運用ができるようになることを大切にしていきたいものです。
参考記事
> 小学2年生が答えたテストの”神回答”がツイッターで話題 – 「人として正解」「日常生活だったら満点」(マイナビニュース)
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。☆ 先生からのメッセージ ☆
教科ごとの「見方・考え方」について意識し始めてから、いろいろな状況で、「これを数学の専門家だったらどう考えるんだろう」、「国語の先生だったらどう答えるのかな」などと気になるようになりました。異なる立場から物事を考えてみるのは結構楽しい!と改めて認識しました。