【第8回】「プラスワン」の問いかけで対話を発展させる
前回は、新年度の初めに学びの作法をクラスで共有し、学び合いを大切にする雰囲気づくりを行うことに触れました。こうした学習規律は、児童生徒にとっての学びの環境を整えるために重要なのものです。
さらに日々の学習を成果に繋げるためには、学習環境を整えることに加え、課題に対し「自ら向き合って考える力」を育むことも必要です。
学びの作法が整ったら、課題に向き合う姿勢を育む
ある小学校の先生が次のように話してくださいました。
「授業中に学びに向けた問い掛かけをして、子どもたちが話し始めたら、私はとことんまでやり取りを聞く。その中に新たに学ぶ内容の手掛がかりとなる単語や表現が出てきたら拾い上げ、それを子どもたちに意識させるような、さらなる問い掛かけをするんです。教員がすべきことはこれだけ。こうすれば、子どもたちの方からどんどん学びの手掛かりに気付づくようになる。」
この先生は当時6年生クラスの担任でしたが、どの教科の授業でも児童がしっかりと互いの発言を聞き、それについて反応し、感想や質問が次々に飛び出すクラスでした。それなのに、授業がそれほど混乱した印象ではないことが不思議でした。そして後になって、「人が話しているときは聞く」、「人の話が終わってから順番に話す」という規律が身に付いている状態であることに気づきました。
ふつう学年が上がるほど、思いや考えをすぐには表に出さない子どもが増えてきます。例えば「~についてどう思いますか」という問いについて、グループで話し合いをするとします。こういう場面でよく見られるのは、「え~、分かんない」とか「え~、ムリ」と言って、何も意見を述べないまま他の人に答えを任せようとしたり、何も言わずに黙り込んだりする姿です。私はどうも、この「え~!」という反応が気になります。「自分にこんな質問がくるなんて」という驚きでしょうか、それとも質問に対してとりあえず何か反応しようとして出る声なのでしょうか。
実はこれが英語のやり取りの中にも見られます。英語で質問されても、「英語で表現できないというわけではないけれど、とにかく、言いたいことが浮かばない」、「何を言えばよいのか分からない」という学習者が多いのです。相手の質問に沈黙してしまったり、言う内容が浮かばなかったりするために “I don’t know …” と反射的に答えてしまいます。
この原因としては、質問された内容について関連する既有知識が乏しいために、具体的な考えが浮かばないという場合もあるでしょう。しかしより大きな原因が、問いをしっかりと受けとめ(理解し)ようとする態度、実際に思考して意見や考えをまとめる力、さらにそれを英語で適切に表現する力を十分に習得できていないことにある場合も多いです。これが単に英語運用能力不足の問題とされ、「日本人は即興的に英語を話す能力が低い」とか、「英語でコミュニケーションできない」と指摘される原因になっているようで残念に思います。
問いや課題に向き合おうとする姿勢、すなわち態度の側面については、授業という場を、子どもたちと指導者による「共有された目的に向かってそれぞれが、それぞれの役割を果たす」場とすることで育成を目指すことができます。これが学習到達目標の設定とその理解に基づく指導の方向付け(子どもの側では目標の理解に基づく学習計画)、さらに目標に沿った適切な方法での評価と授業改善(子どもの側では学びの振り返りと学習調整)という「指導と評価の一体化」が目指すものでもあります。
では具体的な指導場面で「考える力」の育成にどのような工夫ができるでしょうか。
聞いてもらって、フィードバックを受けるから、もっと考えて伝えたくなる
―「プラスワン」の問いで反応しよう ―
問いや課題を前にしたら、一度それにしっかりと向き合ってみることが大切です。つまり授業においても、先生が投げ掛けた問いについてペアやグループの友だちと話し合う前に、子どもたちが自分でしばらく、しっかり考える時間を意図的に設けることをお薦めします。「どう思いますか?」とクラス全体に問いを投げ掛けたら、すぐに「友だちとペアやグループで考えよう!」と意見交換させるのではなく、まずは「問いが何を尋ねているのか理解できましたか?ではそれについて、一人一人でしっかり考えてみましょう!」という時間をとるのです。さらに「考える」力を育むために、子どもたちの考えに対して指導者はしっかりと働きかけを行います。
先述の先生がさらに続けられました。
「もし児童が思いきって何か言ってくれたときに、児童のその発言に対して私の反応が『そうなの~』とか、『ふぅ~ん』、『へぇ~』だけだと、児童自身も私の問い掛かけに対して同じような反応しか返さなくなる。意見を伝える気も失せる。だからこそ私自身も、児童が言うことをしっかりと聞いて、一人一人に応じた具体的な反応をするんです。」
問いに対し「え~!」としか言わないのは、その問いにどう深く切り込んでいくかがとっさに分からないことの現れで、条件反射になっているのかもしれません。しかし考える経験を積むことにより、異なる反応を引き出せるようになります。子どもが何か考えたことを伝えてきたら、まずは「伝えてくれたこと」を褒め、さらに「~と考えたんだね。それはなぜ?」、「どこから分かったの?」、「次はどうしたら良いと思う?」と、「+1(プラスワン)」の問いが返ってくる経験を積むことが必要です。これが課題を多面的、多角的に見ていく姿勢に繋がります。
こうした「プラスワン」のやり取りの発展に便利なのは、
when, where, who, what, why, how (5W1H)
という疑問詞から始まる問いかけです。小学校の国語科でも低学年の段階から、
いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように
を意識して伝えたり、理解したりする指導をしていることから、こうした情報の大切さが分かります。
小学校や中学校の英語授業で行われているSmall Talk、読んだり聞いたりしたテキストの内容についてやり取りをする場面などでも、児童生徒の発話に「問いかけをひとつ」足して反応することを心がけてみませんか?
児童生徒と先生との英語のやり取りの例として、英語情報Webには “Hands-on Small Talk” という新年度から使える時節のトピックを取り入れた記事のコーナーがあります。
>第1週 第1回 ( Spring has come! 春が来たよ!)はこちら
さまざまなトピックについて、指導者の視点からどのように児童生徒とのやり取りを発展できるか具体例が挙げられています。ぜひこれらをご参考に、児童生徒との英語での対話を楽しんでいただきたいと思います。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。