また、これまで私が担当する授業の中で、
Are you bilingual?
と学生に尋ねたこともあります。すると多くの学生が「とんでもない!」というジェスチャーを添えて首を横に振ります。英語やその他の言語をかなり流暢に話す学生もいますが、それでも反応は変わりません。
実は同じ問いを、私自身も今から20年ほど前、イギリスの大学で受けたセミナーの中でされたことがあります。“World Englishes” に関する話の中でした。英語を母語としない国々から来た学生の中には一瞬戸惑った様子を見せた人たちもいましたが、その講師の先生は “Yes, you are.” と続けられました。
「国際語としての英語」という考え方から「リンガ・フランカとしての英語」へ
グローバル社会ということばが用いられるようになって久しいですが、語学力はその中で生き抜くための能力要素のひとつと考えられています。そして英語は、「国際語としての英語(English as an International Language: EIL)」という考え方のもとで、様々な国の人々が交流する場面で用いられてきました。
一方、EILと交換可能的に用いられることもありますが、「国際共通語としての英語(English as a Lingua Franca: ELF)」という考え方が存在します。例えば、英語を母語としない人々が集まる場で、習熟度の差はあれ共通して意思疎通できる言語が英語であった場合、その時の英語の位置づけをリンガ・フランカと言います。このように、母語が異なる人々が英語を共通語(リンガ・フランカ)として使用する場合、そこに英語のネイティブ話者がいたとしても、その対話の参加者として互いに「分かりやすく」、「伝わりやすい」表現や語彙を用いたり、発音をしたりする配慮を期待するものです。母語が異なる人々が互いを理解し合うために、それぞれの社会・文化的背景を尊重しながら、積極的に意思疎通をしようとする態度も必要です。
日本ではまだ、母語話者のような発音であることだけを評価したり、ちょっとした文法や構文の間違いを気にし過ぎたりする「ネイティブ」信仰が強い傾向にあります。しかし学校英語教育が目指すのは、異なる母語を話す人々の中で、身振り手振りをまじえながら何とか伝えたいという意欲・態度も含め、相手に配慮しながらコミュニケーションを図ることのできる資質・能力の育成です。
上述の “Are you bilingual?” という問い掛けの場面に戻って考えてみます。英語を母語とする国の中で、英語を母語としない学生たちが、自分の英語を「母語ネイティブ」話者と比べ、「それとは違う」ことを意識し萎縮してしまうことがあります。それに対し、あの問いは、たとえ「母語(ネイティブ)話者のような」の発音や表現からは遠くても、英語をしっかり「学びの手段」、「自らの考えを表し、議論するためのツール(道具)」として活用できているのだと自覚させてくれるものでした。