【第15回】「探究」を深めるキーワード
2020年度に小学校全学年で新学習指導要領が全面実施されました。そして2021年度に中学校全学年、2022年度からは高等学校第1学年より段階実施で、新たな教育課程が始まっています。
新たな教育課程における「探究」の教育
これまでの教育課程では、小学校第3学年から高等学校修了時まで「総合的な学習の時間」が含まれています。そして、児童生徒や学校、地域の実態等に応じて、探究的な見方・考え方を働かせ、教科・科目等の枠を超えた横断的・総合的な学習や児童生徒の興味・関心等に基づく学習など、創意工夫を生かした教育活動が行われてきました。
新たな高等学校の教育課程では、この「総合的な学習の時間」が、「総合的な探究の時間」となります。これらの違いについては、「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間編」(p. 8)に以下のように述べられています。
「両者の違いは、生徒の発達の段階において求められる探究の姿と関わっており、課題と自分自身との関係で考えることができる。総合的な学習の時間は、課題を解決することで自己の生き方を考えていく学びであるのに対して、総合的な探究の時間は,自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し、解決していくような学びを展開していく。」
つまり高等学校段階になると「自ら探究するテーマを設定する」ことが重視される形へと発展します。実はこの「探究」は、高等学校新学習指導要領を貫く大きなキーワードでもあるのです。そして上記解説(p. 10)にあるように、様々な教科で「知識を活用する」ことを重視する新たな科目(「古典探究」、「地理探究」、「日本史探究」、「世界史探究」)や、科目を統合した科目(「理数探究」、「理数探究基礎」)などが新たに始まっています。
このように「探究」を深める学びが、小学校から高等学校まで継続して行われることになりますが、そもそも「探究」を深めるために、指導者や保護者はどのように子どもたちに関わることができるでしょうか。
探究を深めるための方策:WRAITEC
思考を深めるために用いられるツールとして、“Good Thinker’s Toolkit”(「哲学者の道具箱」)と呼ばれるものがあります。トーマス・E・ジャクソン博士によって開発されました。
その中に、哲学的な対話を通して深い探究へと導く “WRAITEC”(ライテック)というキーワードがあります。これを構成するそれぞれの文字が、対話において相手にたずねる質問の観点を表します。
W = What do you mean by …?
意見や考えをしっかりと理解する
R = [Reasons(理由)]
意見や考えの理由を明らかにする
A = [Assumptions(前提)]
意見や考えがどのような前提に基づくかを明らかにする
I = [Inferences(推論)]
意見や考えに至った推論や含意を明らかにする
T = [True(真実)]
本当に真実か、何が真実かを確認する
E = [Examples(例)、Evidences(証拠)]
主張を明確にする、真実である証明を得る
C = [Counter-examples(反対例)]
主張が真実ではないことを明らかにする、限界を見極める
これらの観点について生徒の「探求」を深めるような 具体的な質問例を挙げると、以下のようになります。対話の内容によって、質問の表現は変わります。
W:「それはどういうこと(意味)なのだろう?」
R:「その理由は何なのだろう?」「なぜそうなるのだろう?」
A:「~と考える前提はどこにあるだろう?」「~とすると、その前提は?」
I:「もし~なら・・・と考えてもよいのかな?」「~だから、・・・と考える」
T:「それは本当にそうなのかな?」「それが真実だとしたらどうなる?」
E:「~という例や証拠はどれかな?」「その例(証拠)があるかな?」
C:「でも、~に反例はあるのかな?」「~が成り立たない例はあるかな?」
WRAITECの具体的な活用方法
このWRAITECは、就学後まもなくの段階から、WRAITECのアルファベットのいずれか1つが書かれた7枚のカードセットを作成して活用し始めます。指導者が質問をするときには、その質問はどのアルファベットが表す観点かを理解させるために、対応するカードをさりげなく示します。
指導者は日々、様々なやり取りの場面で子どもたちに質問をします。それぞれの質問が、その7枚のうちどれに当たるかを明確に意識させることが重要です。そうすれば次第に、ペアやグループでの対話活動において、子どもはカードを参照しながら自ら質問をするようになります。こうした質問をしたり、答えたりする過程を通して、思考が深まっていくのです。
せっかく母語に加えて英語を学んでも、同時に「考える力」、「探究する力」を深めておかねば、何か意見を尋たずねられた時に何も言えなくて、悔しい経験をすることになります。子どもたちに、まずは周りの大人から、WRAITECを意識した問い掛かけをバランス良く行ってみてはいかがでしょうか。絵本の読み聞かせの時、子どもが何かお話を聞かせてくれた時、一緒にテレビやビデオを観ている時など、多くの質問の機会があります。
“Good Thinker’s Toolkit” は小学校から高等学校段階まで、それぞれの探究力の深まりに応じて、ずっと用いることのできるものです。もちろん大人になってからも、何かの課題に直面した時に、「深く考え」て解決策を導くための、ひとつのアイデアとなりそうです。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。