【第17回】STAY HOME というフレーズから考えさせられたこと
夏休みを終えた子どもたちが学校で学びを再開している様子を見ると、本当に嬉しくなります。
COVID-19の急激な感染拡大により、学校が臨時休業になったことを、ふと思い出しました。その頃、世界中で叫ばれた “STAY HOME” ・・・。
この記事をお読みいただいている皆さんの中に、もしかすると「家にいる」という英語表現を、“stay at home” と覚えたという方がいらっしゃるのではないでしょうか。かく言う私も、当時、ニュースなどでこのフレーズが聞こえるたびに、「今のはstay homeとstay at homeのどちらだった?」と気になって仕方がありませんでした。
英語や国語など「ことば」の教育に関わっていると、表現の小さな違いをどうしても意識したり、こだわったりすることがあります。これは言語意識(language awareness)と呼ばれるものの一側面で、ことばの指導者としてだけでなく、学習者としても高めておくことで言語習得に役立つと言われています。
ただ周りの人からすれば、「(表現の違いに)いちいち細かいなぁ・・・」と指摘される原因になっているかもしれません。
話が少し逸れましたが、今回は、この「stay homeとstay at homeの違い」について考えてみたいと思います。
homeの意味と用法をおさらい
まずhomeという語が表す意味と用法について確認してみます。
homeという語には、「家、家庭、故郷」などを意味する「名詞」としてだけでなく、「家へ(に、で)」などの意味をもつ「副詞」としての用法もあります。
英語を教えたことのある方であれば、
● I go to school. 「学校に行く」
● I go to the library. 「図書館に行く」
● I want to go to Italy. 「イタリアに行きたい」
などの表現を、学習者と何度も聞いたり言ったりした後で、「I go to ~. で『~に行く』という意味を表します」と整理した経験がおありだと思います。ですがその後、“I go home.” 「家に帰る」という表現に出合った時に、どうしても “I go to home. ”と言ってしまう学習者がいます。「~に行く」という表現を “I go to ~.” という「まとまり」で理解していると考えれば、すぐに誤りを訂正するのがはばかられる場面です。
こういう場合、指導者としてはいったん「~に行く」という表現を “I go to ~.” という「まとまり」で理解し定着させることを優先して、その後何度も “I go home.” を聞いたり言ったりする機会を増やすことにより、学習者自身が気付づくことを期待します。そして、どこかの段階で次のような説明をします。
「homeという語には『~に』を表すtoが含まれていると考えれば良い。だから “I go to home.” と言うと、“I go to to home.*” と(前置詞の)toを2つ言っていることになるから、不自然ですね」
同様の説明が当てはまるものとして go there, come here, go downstairs, get there などもあります。一度何となく感覚をつかむと「toが必要かどうか」悩むことも少なくなるのですが、初学者にとっては乗り越えなくてはならない英語の壁の一つです。
ただ、このhomeについては、
● I’m home. 「(私は)家にいます」⇒「ただいま」
といった表現もあります。
また “at home” の形で「家で」という意味を表し、
● I watched a movie at home yesterday. 「昨日は家で映画を観た」
● I spent all day at home. 「私は家で一日中過ごした」
のように用いられることもあります。
さらに “at home” は慣用句を構成して、
● Please make yourself at home. 「どうぞおくつろぎください」
という表現にもなります。
stay homeとstay at home
ここで本題のStay home. とStay at home. に戻ります。
“at home” 「家で」という表現が出てきたタイミングで、「家に滞在する=家にいる」を “stay at home” として導入することが多くあります。教科書などでは「atはあってもなくてもよい」という補足説明をともなって “stay (at) home” と表記されることも多いため、混乱してしまう学習者がいるのも分かります。
“stay home” と “stay at home”、いずれも間違った表現ではありません。
辞書などを確認すると “stay at home” は主として「英語」、“stay home” は「米語」という説明がなされているものもあります。確かに当時、イギリスのエリザベス女王のメッセージやジョンソン首相の会見でも、“stay at home” が用いられていたことがありました。
また イギリスBBCのウェブサイトでは、“STAY HOME” を用いた見出しに続く記事本文の中で “stay at home” が使われていることもありました。「どちらでもいいんだ」と思いつつ、どうしても違いを理解してすっきりしたい・・・という気持ちが高まってしまいます。自分がもし、学習者から違いの説明を求められたらどうするかを考えてみました。
“stay at home” には “at” という場所を表す前置詞がわざわざ含まれており、その後に “home” が続いていることから、“home” という場所(空間)、すなわち「どこにいるか」を強調している表現と感じられます。そのため、“home” の原義を考慮して「普段ふだん生活をしている空間の中に(その中でできることをしながら)いること」と理解できそうです。
一方 、“stay home” は「どこにいるか」よりも「homeにとどまっている状態」を強調しているとすれば、「“home” から離れない = 自分が普段ふだん生活をしている空間から離れない = 外出しない」となり、「(普段過ごす場所から)外出しないでとどまる」という強い思いが感じられると説明できそうです。
いずれにしても、それらの表現から感じる感覚(ニュアンス)の違いですし、元々どちらの表現を使い慣れてきたかにもより、意味理解は異なるのかもしれません。ただCOVID-19の感染拡大が始まった当時、世界的標語として “STAY HOME” が広まり、このフレーズを口にしながら、世界中の人々が家族や友だちの間で心をひとつ一つにしてきたのだと思い起こしています。
「ことば」には、様々な人々の思いを結びつける力があることを、改めて気付づかされます。
だからこそ、ことばの教育は大切だ!・・・ そう思っています。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。