【第20回】シャドーイングを効果的に行うために
前回、直読直解に関連して速読の訓練法のお話をしました。聞いたり読んだりした英語をそのまま理解できるようになりたいという思いは、英語を学んでいれば自然と抱くものです。多読や多聴など様々な学習法の効果が指摘されていますが、学習者一人一人が自分に合った方法を理解して実践することが大切です。英語の指導者としては、それら様々な学習法を授業に取り入れ、実際に学習者に体験させることにより、学び方の選択肢の幅を広げることができます。また指導者自身が英語力増強のために用いてみることで学習者に適切な支援ができるようになります。
そこで今回は、英語の音声を聞き取る力、さらには聞いた内容を理解する力の育成にも効果があるとされるシャドーイングを取り上げます。
シャドーイングとは
シャドーイングは、英語の音声を聞きながら、それを繰り返していく通訳訓練法のひとつです。聞こえてくる音声を真似して繰り返すので、オリジナル音声よりもどうしても後にずれてしまうことから、「音声を聞きながら、少し遅れて発音する」と説明されることもあります。
日本の英語教育においても音読練習の一部として広く行われています。ただ授業中にシャドーイングを行う際、「CDに少し遅れて繰り返しましょう」という説明だけが行われているのをよく目にします。
実はシャドーイングという活動は、「何のために、聞こえてくる音声を真似て発音するのか」をしっかりと学習者が理解しておかねば、活動の意味が薄れてしまうため注意が必要です。つまり、物理的に「少し時間をずらして発音する」ということが重要なのではなく、それを「何のために」するのかを考えれば、自然と発話の遅れの幅や生徒の意識も変わってきます。
実はシャドーイングには、プロソディー・シャドーイング(prosody shadowing)とコンテンツ・シャドーイング(contents shadowing)という大きく2つの種類があります。それらによって、英語の授業で用いる場面や生徒に意識させるべきことが変わります。
- プロソディー・シャドーイング(prosody shadowing)
- コンテンツ・シャドーイング(contents shadowing)
シャドーイングを効果的に行うために
プロソディー・シャドーイングは、聞こえる音声を知覚し、プロソディーを意識しながら正確に真似て発音していくことを目的とします。プロソディー(韻律)とは、書かれたものでは現れないが、発話において現れる音声学的な特徴のことです。聞こえてくる音をそのまま真似て言う能力を高めるために、個々の音、アクセント、リエゾン※、イントネーション、リズムなどの様々な要素について正確に発音するように努めます。音声知覚を自動化し、高度化するための訓練ですので、できるだけ元の音声に遅れないようにすばやく正確に繰り返すことが大切です。
通常、シャドーイングはスクリプトを見ずに行います。中学校や高等学校の授業でシャドーイングを行う際にも、文字で読んで内容理解を済ませたテキストだけなく、初出のテキストを用いてプロソディー・シャドーイングを行うことにより音声知覚が高まることが期待できます。活動後にはスクリプトを見ながら、聞き取れなかった音や語句のつながりなどを明確に確認しておくことが学びを確実にします。
※リエゾン:
音の連結〈”Can I ~?” という表現で Can の /n/ と /ai/ ( I ) が結合して「キャナイ」のように聞こえる、など〉
脱落〈“Good morning.” のGoodの /d/ の音が落ちて、「グンモーニング」のように聞こえる、など〉
同化〈Did you ~? でDidの終わりとyouのはじめの音が混ざって別の音になりディッジュー〉のように聞こえる、など)の現象
一方、コンテンツ・シャドーイングは単に聞こえた音声を知覚してそれを真似て繰り返すだけではなく、さらにそこから語句の意味や文構造を把握して内容理解までを目指します。音声の知覚と、それらを言語的に分析して内容理解しながら発音するという複数の認知処理が必要になるため、一般に元の音声からの遅れはプロソディー・シャドーイングよりも大きくなります。音声の細かい違いが気になって遅れたり、語句の意味や文構造に意識が向きすぎて音声を聞き逃したり、発音する口の動きが止まったりするため、難易度も高いと言えます。まだいきなりコンテンツ・シャドーイングを行うことに慣れていない状態では、先にプロソディー・シャドーイングを十分に行って音声知覚を高めておいてから、同じテキストのコンテンツ・シャドーイングに移る流れが良さそうです。
このようにシャドーイングは、活動の形としては「音声を聞きながら、それを後について繰り返して言うこと」と説明できてしまいそうですが、活動の効果を最大限に引き出すには、高めたい能力に応じた細かな違いを明確にしておくことが必要です。また他の多くの活動にも当てはまるように、シャドーイングで用いる英文テキストに含まれる語彙や文法・構文、音声特徴のレベルが、学習者に適切であることが非常に大切です。「音声でおおまかな意味が理解できる」、すなわち「未知語や複雑な構文があっても、ある程度の推測を行いながら内容が理解できる」レベルのテキストを用いると効果的です。
私自身の経験では、まだ英語学習の初期段階で、語句や表現のまとまりとして音声での慣れ親しみを大切にする時期では、シャドーイングよりも、音声の一定の区切りごとに繰り返すリピーティング(repeating)の方が行いやすいと感じています。さらに文字言語も発達し始めた段階では、音声が聞こえるのと同時に、スクリプトを見ながら音読するオーバーラッピング(overlapping)も、自分の発音と聞こえる音声との違いを確認しやすいことから有効です。これをプロソディー・シャドーイングの前に組み込むことができます。シャドーイングが聞き取りの力を高めることは多く指摘されていますが、音を真似て繰り返すだけでなく、聞いた音声を書き出す活動であるディクテーション(dictation)を組み合わせることも、細かな英語の音に意識を集中させて聞き取る能力につながることから有効と感じています。様々な活動を、適材適所で組み合わせて用いることの大切さを常に意識しておくことが大切です。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。