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2022.11.22 教育情報 英語教育コラム

【第22回】ことばは社会の変化を映す

 毎年、年末が近づくと「今年の単語(Word of the Year)」が発表されます。Word of the Year には、その年に辞書の検索が増え、多くの人々に、広範囲で用いられるようになった語が選出されます。

 先日、イギリスの英語辞典であるコリンズ(Collins)により、2022年の「今年の単語」として ‘permacrisis’ が選ばれました。これは政治的不安定やウクライナ侵攻、気候変動、物価高などの危機的状況による、「長期に渡って続く不安定な時期(= an extended period of instability and insecurity)」を表します。

 この permacrisis にも少なからず影響を及ぼしていると考えられますが、2020年以降は特に、世界全体でのCOVID-19の感染拡大に関わる Word of the Year が多く選ばれています。
今回はそれらの例を、少し時期をさかのぼりながら見てみたいと思います。

メリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)によるWord of the Year 2020: ‘pandemic’

 この辞書はアメリカの英語辞書ですが、‘pandemic’ という語の検索数が、全土初の感染者が発表された2020年2月3日に急激に前年比1,621%まで急激に上昇したそうです。さらにその数は以後下がることなく、3月上旬には4,000%、そしてWHO(世界保健機関期間)の事務局長が ‘pandemic’ を宣言した3月11日には115,806%となり、それから約10ヶ月間、’coronavirus’や ‘COVID-19’ といった他の関連語の検索数が減る中で、この ‘pandemic’ がトップを維持したことから選ばれました。

 ‘pandemic’は、ギリシャ語の’pan’「すべての(‘all’ or ‘every’)」と’demos’ [eの上にアクセント符号あり] 「人々(‘people’)」に由来し、「(病気が)非常に広範に広がる、流行する」という意味を表します。
同様に「病気などの流行」に関連する語として ‘epidemic’ がありますが、これは「(ある国や地域の)人々の間での流行」という意味です。さらに ‘epidemic’ は epidemic of crimes(犯罪の増加)、epidemic of childhood obesity(子どもの肥満の増加)などの、病気とは異なる何か(悪いこと)が急激に増えることも表します。

 このように ‘pandemic’ と ‘epidemic’ は重複して用いられることがありますが、’pandemic’ は ‘epidemic’ が非常に広範に渡り、多くの人々に影響を及ぼすまでに至った危機的な状態のことを表します。WHOの事務局長が ‘Pandemic is not a word to use lightly or carelessly’ (pandemicという語は安易に、不用意に用いるべき語ではない)と表現されたように、’pandemic’ は非常に重い意味を表す語と言えます。

 そして2020年には、これまで「歴史の本に出てくるようなもの」「昔のこと」「今は起こり得ないこと」という意味合いのあった「(伝染病の)大流行」を表す ‘pandemic’ が、発展した現代において、全世界の人々が老若男女、日常的に用いる語となりました。つまり未曾有の状況の変化に応じて、語の意味合いが変わったのです。もともと ‘pandemic’ という語が表していたのは、遠い昔に起きたことで、自分が現代社会で個人的に経験することはないと思われるようなものでした。しかし2020年に非常に多くの人々が、世界的な医療危機や政治的対応を通して日々その語に触れ、頻繁に検索し使用するようになりました。

コリンズ(Collins)英語辞典によるWord of the Year 2020: ‘lockdown’

 選出した辞書編纂者たちの考えは以下の通りです 。
 「coronavirus(コロナウイルス)、furlough(一時解雇)、self-isolate(自己隔離)、distancing(物理的距離の確保)など他にも候補に残った語がある中で、それらの多くに共通していたのが ‘pandemic’ であった。そのうち ‘lockdown’ は、世界中の、何十億もの人々みんなが、COVID-19との闘いにおいて自分の役割を果たすために、ひとつにまとまるという経験であることから選ばれた。実際に ‘lockdown’ という語の用例数も前年の4,000個から25万個に増えた。」

オックスフォード(Oxford Languages)によるWord of the Year 2020:‘Words of an Unprecedented Year‘

 オックスフォード英語辞典などを手がけるオックスフォード大学出版局が運営するウェブサイト ‘Oxford Languages’ では、「今年の単語2020」について、‘Words of an Unprecedented Year‘(前例のない年を表す単語たち)と表しました。Words と複数形になっています。つまり「1つの単語には絞れなかった」ということです。

 これらの「単語たち」の中にも、COVID-19に関連する語が、先に挙げた語に加えて WFH(= working from home)(在宅勤務)や circuit-breaker(行動制限措置)など数多く含まれていました。同様に他にも、「環境問題、政治経済、社会運動、ソーシャルメディア、科学技術、世界英語の広がり」など様々な分野ごとに、新しい語が生まれたり、過去に使われていた語が新しい意味をもって再び現れたりしました。英語という言語が、これらの分野ごとに、政治的な大変動や社会の緊張関係を反映しながら大きく変化していることが明らかになったのです。こうした語の中には Word of the Year になり得るほどのインパクトをもつものもあります。そのため、ひとつの分野に限定して  Word of the Year  を選出することができなかったそうです。

 その後Words of the Year 2021として、オックスフォード(Oxford Languages)による‘Vax’ やメリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)による ‘vaccine’ が続きました。Vax は名詞のvaccine(ワクチン)や動詞vaccinate(ワクチン接種をする)としても用いることができます。メリアム・ウェブスターによると vaccine の検索数は前年比601%伸びたとのことです。そして vaccine の定義も、COVID-19のワクチンなどに合わせて修正されました。

 このように、Word of the Year は「その年を語る」語です。
世界の様々な状況に応じて、カナカナ語で表してきた英語表現も、その意味や使い方において様々な変化を経てきたことが分かります。そうした背景を知ることで、英語学習者として英語の語彙を大切に選んで用いることの大切さを感じます。

 ちなみに、COVID-19とは直接的に関係ありませんが、次の例のように Word of the Year に選ばれた語が、広く英語の用法に根付いてきたものもあります。

メリアム・ウェブスター(Merriam-Webster)によるWord of the Year 2019: ‘they’

 このtheyは一般に、三人称「複数」を表す代名詞として用いられてきましたが、既にノンバイナリー(nonbinary:既存の男性か女性かの二者択一で自認しない)の人々を表す「単数」の代名詞として辞典に追加されたものです。

 メリアム・ウェブスターによると、2019年には海外のセレブリティの人々が相次いで「自分にこの用法の they や them などを用いて欲しい」と公言したため、they の辞典での検索が前年比313%になったそうです。英語はもともと everyone や someone のようにノンバイナリーな代名詞が少なく、男性の三人称には he 、女性には she を用いることが「文法的」とされていました。しかしこうした用法の中には、何世紀もかけて変化してきたものがあります。例えば、二人称の単数「あなた」と複数「あなた方」の両方に用いられる ‘you’ は、もともと「複数」のみの用法でした。そのため現在 ‘you’ が単数として用いられる場合でも、動詞は主語が複数の場合と同じ形なのだとか。改めて意識してみると、とても興味深い話です。

ぜひ皆さんも、Word of the Year から世情の変化をたどってみてください。

 


■ Word of the Yearに関するサイト
1. Oxford Languages:
http://www.oxfordhistory.org.uk/mayors/town_hall/crest.html
2. Merriam-Webster:
https://www.merriam-webster.com/words-at-play/word-of-the-year
3. Collins:
https://www.collinsdictionary.com/woty


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<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。

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