【第13回】リンガ・フランカとしての英語 「どのような」英語を目指すのか
World Englishes や Global Englishes という用語を見たり聞いたりしたことがおありでしょうか。
これは、世界中で使われている “English” が単に母語話者のものだけでなく、様々な位置付けで、様々な人々に用いられている「英語」があるという考え方で、“Englishes” と複数形になっています。
「国際共通語としての英語(ELF)」の分かりやすさ
前回、様々な国の人々が交流する場面で用いられる「国際語としての英語(English as an International Language: EIL)」から少し発展した、「国際共通語としての英語(English as a Lingua Franca: ELF)」という考え方をご紹介しました。
リンガ・フランカ(Lingua Franca)とは「母語が異なる人々の中で共通語として使われる言語」であり、必ずしもその言語の母語話者が含まれない状況で用いられることもあります。そして英語がリンガ・フランカとして用いられるELFの状況では、たとえ英語母語話者であっても、非母語話者である対話の参加者にも「分かりやすい(intelligible)」ように、発音や語句選択、表現などを工夫して話すことが期待されます。
その一方で、「分かりやすさ(intelligibility)を備えた」、あるいは「標準的」とはどういう特徴をもつ英語のことか、という議論が続いています。特に、日本のように英語を母語としない国々では、「どのような英語を学習者が身に付けておけば、国際社会で英語を使って機能できるようになるのか」を明らかにして、それを英語教育の学習内容に反映させようとする動きもあります。それゆえ文法・構文的な特徴、語彙的な特徴、さらには音声的な特徴について、多くの研究が行われてきました。
その中で、Jennifer Jenkins博士というイギリスの英語母語話者の研究者が、非母語話者同士の英語(ELF)での対話を聞きながら、自分にはとても聞き取りづらいのに、彼らはどうして相互に理解できているのかという疑問を抱きました。
リンガ・フランカ コア(LFC)という考え方
そして2000年にJenkins博士は、ELFによるコミュニケーションで参加者相互の「分かりやすさ」に寄与する発音特徴を、「リンガ・フランカ コア(Lingua Franca Core: LFC)としてまとめました。LFCは、やさしく言い換えれば、「母語が異なる人々と、英語を共通語として行うコミュニケーションでは、発音面について少なくともこれだけは気を付けておきましょう」というものです。
皆さんはどのような項目が浮かびますか?
以下のような例が挙げられています。
- 無声および有声のth、「暗いl(dark l)」(apple, people, child, worldなどのl)以外の全ての子音は正確に発音する
- 母音の長さの違いによる語の区別(pitch と peach の区別など)は明確にする
- ①語頭の子音は必ず発音する(crispのcを落とさない)
②語中や語尾の子音は、ごく限られた場合を除いて脱落させない(factsheetがfacsheetと発音されるのはよいが、fartsheetやfacteetはよくない、scriptsはscripsならよいが、scritsやscriptとなるのはよくない)
③(1, 2 に対して)「外国語としての英語(English as a foreign language: ELF)」の場合には、filmのlmの部分のような子音連結において、lの後に母音を挿入して発音していても問題ない - 語のまとまりの中で主要な強勢は大切にする(Ian McEwanの小説“Amsterdam” の例文 You deserve to be sacked では sackedに強勢がある場合〔クビに値するほどだ〕と、deserveに強勢がある場合〔もうクビだ〕では意味が異なる)
〈Jenkins, J. (2015). “Global Englishes.”3rd Ed. Routlegde. p. 91〉
いかがでしょうか。
1.のthの発音などは、「日本語母語話者には上手に発音できない音」として必ず取り上げられるものです。その一方で子音の重要性については、まだ学校現場の指導でも十分に行われているように感じません。
ここで注目したいのは、ELFによるコミュニケーションにおいて効果的な発音は、あらかじめ母語話者の発音に基づいて定められた「正しさ」に合わせることではなく、参加者が相互の利益、すなわち「参加者同士が分かりやすいと感じる」発音へと調整できる能力によるとJenkins博士が述べていることです。
上述のようにELFはそもそも、英語母語話者が参加しない状況での英語使用も含みます。こうした状況で、「母語話者のような」英語という規準が必要なのではなく、参加者が協力し合いながら、相互に理解しやすい英語を使うことであることを意識していきたいものです。
これからの子どもたちが将来英語を用いる場面は、これまでとは大きく変わると想像されます。だからこそ、「どのような英語を学ぶのか」、「英語を何のために学ぶのか」を考えることが大切です。それは単に英語の言語的側面だけでなく、英語を用いるひとりの人間としての意識や態度とも関わるものであることが分かります。
<執筆者:池田 周 (いけだ・ちか) 先生のPROFILE>
愛知県立大学外国語学部教授。英国Warwick大学博士課程修了。博士(英語教育・応用言語学)。小学校英語教育学会(JES)愛知支部理事。